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◆ ◆ ◆ 剣豪の涙◆ ◆ ◆ 2012/01/22 (Sun) 9:36 岡山の県北(けんほく)の地でSちゃんに出会って、もう十数年。彼はコンサートを主催してくださる中学校のPTA会長として、僕の人生に登場した。 長身で、一見(一聴?)怖げな渋い声というSちゃんのキャラとも相まって、そのシーンはとてもインパクトのあるものだった。 そのコンサートの前泊は、ゴルフ場に併設されたロッジのような建物だった。 喫茶店での懇親会を終え宿舎に入って間もなく、「お〜い…酒持ってきたぞ…みんなで飲もう飲もう!」と、一升瓶を下げてSちゃんが入ってきた。 剣道6段、新聞配達店を営み毎朝3時には起きるという彼は底の広いどっしりした徳利にトクトクと酒をつぎながら、「佳さん触ってみ、これは船徳利(ふなどっくり)ゆうてな、船が揺れても倒れんようになっとるんじゃが!」と、例の渋い声で言う。 その後このコンサートを開くきっかけになった(今では掛け替えのない大切な友人となった)M夫妻のことなどを熱く語り、そのうち「俺は周囲のみんなにようしてもろうてほんま幸せ者じゃ!」と何度も何度も繰り返し声を潤ませる、熱く心優しい剣豪。 そんな彼とも掛け替えのない友人になったことは言うまでもない。 町会議員→市会議員の選挙の出陣式には、必ず文書やビデオで応援メッセージを送り、当選後は必ず嬉しい報告の電話がかかってきた。 そして津山周辺でのコンサートには、様々な形で多大な尽力をしてくれ、何度となく美味い酒を共に飲んだ。 「Sちゃんの状態が急を要するというので入院している病院に行ってきます」。 Mさんからそんなメールが届いたのはつい先日、熊本に向かう船中だった。 その後、がんの再発で大腸の一部を切除したこと、年末には生死の境をさまよったことを聞いた。 「メールででもいいから彼を元気づけてやってもらえませんか?」。 Sちゃんとは同級生で幼なじみでもあるMさんから、最大限僕への気遣いのこもったメールが届いたけど、あえて返信はしなかった。 岡山県津山市に着いたのは昨日の12時過ぎ。 Mさんと待ち合わせをしたファミレスで昼食を取り、この辺りでは最大級の総合病院へ。 目的地に近づくにつれ段々胸が締め付けられるような感覚が強くなっていった。 「ま〜……!!」 病室のドアを開けると、まず奥さんの驚く声が耳に飛び込んできた。 「お〜い…佳さんやないか……!!」 黙ってベッドの側に行った僕の手を、Sちゃんは強く握った。 「わざわざ土佐から…忙しいのに…ほんますまんなー……」 彼の声はすでに潤んでいた。 その後も発症→診断→緊急手術、そして今の状態と、あまりにも雄弁に語り続ける彼の声を聞きながら、僕は自身の闘病と重ね合わせていた。 そう…話したいよね…ずっと話してたいよね…話してないと心配をかけるとか思ってしまうんだよね……けど後で恐ろしいほど疲れるんだよ…それでもやっぱり話してたいんだよね……!! 「女房とも話しとったんじゃけど、9月のコンサートの時、できるだけ早く受診するようにって佳さんに言われたがー…今思えば佳さんにはちゃんと解っとったんじゃなー…!!」 解らないわけがない。 いくら医療関係の仕事を離れて久しいとはいえ、カヘキシーをも疑いうる力なく弱々しい声や、失礼なので具体的には書けないながら、明確に現れていた諸々の信号から、僕には「がん」という病名が容易に想像できた。 以前、多忙を理由に僕の進言を聞いてくれなかった人が居て、結果的に僕自身がとても後悔することになったので、彼には相当強くしつこく受診を勧めたのだった。 「Sちゃん、まだまだしんどいことも多いと思うし、ひょっとしたら今後医師から「余命…」なんていう宣告を受けることもあるかもしれんけど、例えそんな宣告を受けたとしても絶対にあきらめたらいかんで。 事実、余命宣告を受けた後全快した例も僕はいっぱい知っちゅうき、とにかく絶対に絶対にあきらめんことを約束してや。 ほんで今年のよさこいも必ず高知に来て地方車の上で煽ってよ。 その時は思いっきり飲もうね。」 「おー…解った…絶対にあきらめんぞ…また佳さんのコンサートを企画するで……」 気がつけば、病室に入って10分以上が過ぎていた。 相変わらず彼は僕の手を握り続けている。 ふと力が緩みそうになると再び強く握り直す。 すっかり痩せて筋力の落ちた手で、何度も何度も力を入れて握り直す。 「あ〜!…佳さんはこうやってわざわざ遠くから来てくれるし、病院のスタッフは迅速且つ的確な判断で処置をしてくれるし、友達や家族は優しく寄り添うてくれるし、俺はほんまに幸せ者じゃな〜!!」 心に沸き上がる様々な思いを噛みしめながら声にならない声で嗚咽する剣豪と、やっとのことでこらえていた涙がサングラスの隙間から流れ落ちる僕。 津山でのコンサートの企画、高知での再会、そして絶対にあきらめずに生きること。 剣豪はきっと僕との約束を果たしてくれるはず。 そう信じて病院を後にした。 しゅうちゃん…絶対病気を一刀両断にして生きてよ。 -- 一言感想(200文字以内) -- 【星の砂】 けいさんの気持ち、痛いくらい分かります。そして辛い時ほど人の温かさが涙がでるほど嬉しいんですよね。ゆっくりでいいから、絶対よくなってもらいたいですよね。私も5年が過ぎたとはいえ、体調が悪い時は、心配いになるし、多忙で容赦もない毎日ですが、一懸命になり過ぎないよう、体のことを考えて行動するようになりました。 2012/01/27 (Fri) 19:18
【花】 余命宣告。他人事ではないこの言葉。凄く胸がしめつけられます。本人も家族も辛いよね。 2012/01/26 (Thu) 22:10
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